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HANAMOKU Wikipedia - フリー百科事典

SMAP

SMAP
基本情報
出身地 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1988年 -
レーベル ビクターエンタテインメント
(1991年 - )
事務所 ジャニーズ事務所
メンバー
中居正広
木村拓哉
稲垣吾郎
草彅剛
香取慎吾
旧メンバー
森且行
(1988年 - 1996年
  

SMAP(スマップ)は、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。所属レコード会社はビクターエンタテインメント1988年4月結成。1991年1月日本武道館で最初のコンサートを行い、同年9月9日、『Can't Stop!! -LOVING-』でCDデビュー

目次

メンバー

現在
脱退

グループ名

グループ名は、事務所社長ジャニー喜多川による[[命名]。 「Sports Music Assemble People」の頭文字から取られた。前身であるスケートボーイズ(後述)のキャッチコピーが「Sports Music Assemble People」であった。 しかしこれは後付けによる由来であり、当初の由来は、「GENJIの弟分グループ」という意味で、GENJIメンバーのそれぞれのイニシャルから取られたものだった。

佐藤のS、諸星のM、赤坂のA、そして山本淳一愛称「バンジー」を社長がずっと「ンジー」と思い違いしていたためにPとなった。この件については、1989年に『週刊マーガレット』誌上にて連載されたSMAPが主人公漫画『SMAPに夢中』の第1話でのインタビューにて、SMAPメンバー自身が答えている。また、『週刊女性2004年11月9日号に掲載されていた「元ジャニーズ事務所メンバー座談会」にて、山本淳一自身も説明している。 なお、ジャニー喜多川尾崎豊のことをお気に入りで、尾崎の楽曲『17歳の地図』の英訳「Seventeen's map」から引用したという説も一部で存在したが、この説は誤りである。

グループの歴史

1988年4月スケートボーイズの中からグループ結成。結成当時の年齢はそれぞれ中居15歳、木村15歳、稲垣14歳、森14歳、草彅13歳、香取11歳。結成後すぐにCDデビューのグループが多い中、SMAPはCDデビューまでのJr.内グループ期間が3年以上に渡り、その間アイドル番組やドラマ、舞台などに出演し、小中高生の間でアイドルとしての人気を確保していった。アイドル雑誌やメンバーのラジオには季節の変わり目になるとSMAPがCDデビューしないことについての疑問や怒りのハガキが届き、メンバーも「いつかはするから待っててね」のような発言を再三していた。

1991年9月9日待望のデビュー。当然のことながら当時SMAPを知っていたのは若い学生が中心であり、一般認識は低かった。また、彼らのデビュー時には、歌番組が次々と消滅し、新人アイドルを売り出す場が皆無という状況であった。SMAPはもちろん、前年にデビューした忍者(その後自然消滅)と共に事務所としても売り出しに苦慮していたのが実情である。

しかしデビュー半年後の1992年4月、当時若者に絶大な人気を誇ったフジテレビの通称「Panasonic枠」にて、『夢で逢えたら』の後番組として開始した『夢がMORIMORI』が、彼らの転機となる。アイドルであるにも関わらず、彼らは本格的なコントを、出演しているドラマのパロディを、「アイドル」という自分たちを笑い飛ばした。当時彼らの発言に度々出てくるキーワードは「俺たちは身近にいる男の子って感じ」。「光GENJIが『ザ・アイドルそのもので王子様』だったのなら、自分たちは『みんなの身近にいる普通の男の子』だ」という発言。また、現在ではどのユニットでも当たり前のこととなっているが、彼らはCDデビュー後も個人活動を推進した。これはデビュー直後のグループとしては当時とても画期的なことだった。この個人活動の中でドラマの出演が多かった木村・稲垣・森を「ドラマ班」、バラエティ出演が多かった中居・草彅・香取を「バラエティ班」と呼ぶようになる。

メンバーの姫ちゃんのリボン赤ずきんチャチャなどへの声優出演、おたっくすなどのCM出演もあって知名度をあげ、1994年頃から老若男女・多くの層に認知される様になり、1995年、アルバム『SMAP 007〜Gold Singer〜』で海外から大物ミュージシャン参加で話題を呼んだ。シングルも4作すべて1位と世に名をおくりだしていった。1996年、森が子供のころから憧れていたオートレースの選手になるためにグループを脱退(脱退時22歳で、オートレースの養成学校に入れるのは23歳が上限であるため)。この脱退は4月にバラエティ番組SMAP×SMAPが開始した直後であったが、5月いっぱいで森がグループおよび番組を去るということで、放送時に森のお別れ会を行った。この際歌った曲は、森がリクエストした、「たぶんオーライ」、「$10」、「がんばりましょう」、「KANSHAして」、「はだかの王様〜シブトクつよく〜」など森の好きな曲を歌って森の芸能活動は幕を閉じた。この年はSMAP×SMAPの開始と並行して、4~6月期に木村主演のロングバケーションが高い視聴率を取った事から人気が急上昇し、ドラマバラエティCMコンサート舞台と多方面で活躍し始めた。また『ジャニーズカウントダウンライブ』や『ジャニーズ体育の日大感謝祭』など事務所を挙げたイベントには1996年10月10日の運動会を最後に参加していない。

1997年1月31日をもってメンバー全員が20代となった。この1990年代後半頃になると彼らは平成の『クレイジーキャッツ』的な存在と言われるようになった。これはクレイジーキャッツ同様「料理」や「コント」、「歌」など、何でもこなせることが出来ると言われているためである。

2001年8月24日、稲垣が東京都渋谷区の路上に車を止めていたところ、駐車違反の取り締った警察官に怪我を負わせたとして、公務執行妨害および傷害罪ならびに道路交通法違反の現行犯で逮捕された。この際に、マスメディア各社は稲垣『容疑者』ではなく、稲垣『メンバー』という呼び方をしている(なお、2007年に覚醒剤所持で逮捕された元光GENJIの赤坂晃はジャニーズ事務所を解雇されたせいもあり、赤坂晃『容疑者』と呼ばれている)。5か月余りの謹慎後、翌年1月に稲垣はSMAP×SMAPの緊急生放送で復帰した。ちなみにこの2001年の9月9日CDデビュー10周年を迎えた。10周年のコンサート中に稲垣が不祥事を起こしてしまったため、4人だけで10周年を迎えざるを得なくなったが、稲垣の顔がプリントされたTシャツを着るなどメンバーは『SMAPは5人で必ず戻ってくる』ということをアピールし続けた。

2003年、フジテレビドラマ『僕の生きる道』の主題歌にアルバム『Drink! Smap!』に収録された「世界に一つだけの花」が起用される。ドラマ人気と相まってこの歌も注目をあび、急遽シングルカットを行い、250万枚を超える大ヒットとなった。『第54回NHK紅白歌合戦』ではグループとしては史上初、ポップス歌手としては25年ぶりに大トリを務めた。レコード大賞の候補にも選ばれたが、大賞を辞退した。

2004年、この年は「年内にシングルを1枚も出していない」ということを理由に『第55回NHK紅白歌合戦』の出場を辞退した。アルバム『MIJ』に収録された「ススメ!」がTBSアテネオリンピック関連の番組の主題歌(「〜アテネバージョン」として)になったこともあり、同曲がシングルカットされるのではないかと一部で言われていたが、結局実現しなかった。また、その年のクリスマスにスペシャルドラマ『X'smap〜虎とライオンと五人の男〜』にSMAP全員が出演し、話題になった。このドラマの主題歌「Song of X'smap」は当初、CD化未定となってたが、翌年発売されたシングル『友だちへ 〜Say What You Will〜』のカップリングとして、CD化されている。また、香取がNHK大河ドラマ新選組!』に出演しており、他のメンバーのスケジュールが合うのが『SMAP×SMAP』の収録日だけという状況だったため、コンサートツアーはなかった。従って2004年は、音楽活動がなく、ほどんどが個人活動に終始したため、2004年末に発売された各テレビ誌のお正月特大号では「まずは新曲を」「ライブがしたい」「プライベートや他の仕事はやり残したことはないけど、楽曲面だけは…」と、SMAP5人での新曲を出せなかったこと、ライブが開かれなかったことを非常に悔やんでいた(一説には、&Gの『Wonderful Life』がSMAP5人での新曲になる予定だった)。

2005年、2年ぶりにコンサートツアーを開始し、7月30日の札幌ドームを皮切りにスタートさせアーティストの単独公演としては初の国立霞ヶ丘陸上競技場でコンサートを行ったとして話題になった。ツアー開始に合わせ、シングル『BANG!BANG!バカンス!』とアルバム『SAMPLE BANG!』を同時発売し、発売当日でシングル、アルバム共にランキング初登場1位を記録し、3人組以上のグループの同じアーティストの同じ発売日のシングル・アルバムで同時に1位を記録するのは1993年のWANDS以来12年ぶりの快挙であった。以前『SMAP×SMAP』のBISTRO SMAPコーナーに宇宙飛行士毛利衛野口聡一が出演してこの時の勝者(稲垣・香取ペア)の料理と野口が希望した草彅が作ったカレーと共に、野口聡一がスペースシャトルディスカバリー」に乗り込んだ。また、モーニングコールとして野口聡一が「世界に一つだけの花」をセレクトし機内で流れた。また、宇宙ステーションでは、そこにあった電子ピアノで演奏もした。各メディアから「SMAP、宇宙デビュー」などと報道された。2年ぶりに出場した紅白歌合戦では2度目の大トリを努めた。またスキウタアンケートで1位に選ばれた「世界に一つだけの花」を見事歌い上げ、視聴率に大きく貢献した。紅白の影響が強かったのか「世界に一つだけの花」がオリコンベスト100に返り咲くという現象が起きた。

2006年9月9日CDデビュー15周年を迎え、これまで発売したシングルはすべて1月から12月まで発売した。

NHK紅白歌合戦には、1991年より、ほぼ毎年出演し、1997年1998年2006年には、メンバーの中居が白組司会を務め、2007年には紅組の司会を任された。2003年2005年は大トリで歌い、2007年では予定されていた楽曲が全て終了した後の特別なコーナーで、隠れ大トリとして幕を閉めた。なお、2001年は「(稲垣の不祥事により)5人で出演できないため」、2004年は先述のように「新曲を発表していない」との理由で、出場を辞退している。

5年ごとの節目に大きな出来事が起こるというジンクスがある。1991年のファーストコンサートに香取が骨折しコンサートに参加できなかったことに始まり、デビュー5周年の1996年には森の脱退、10周年の2001年には前述の稲垣の不祥事、15周年の2006年には草彅のインフルエンザ、木村の副鼻腔炎、中居のはやり目、肋骨の疲労骨折、肉離れという災難が起こっている。これについて香取は「20周年(2011年)はツヨポン、突き指」とネタにしている。

スマスマなどでの普通なら芸人がする『パイ投げ』などの体を張ったコントや、ビストロなどで見せるエンターティナー性からか、『平成のドリフターズ』と呼ばれることもある。

毎年、年末に発売される各テレビ雑誌のお正月特大号では1995年頃から表紙を飾っている(2001年末に発売された各テレビ雑誌お正月特大号は、8月に稲垣が起こした事件により謹慎中だったため、稲垣を除いたメンバー4人での表紙となった)。

2007年1月18日に、文化庁が日本PTA全国協議会とともに主催し、公募していた「親子で歌いつごう 日本の歌百選」の中に、「世界に一つだけの花」が選ばれた。

2007年1月31日の香取の30歳の誕生日をもってメンバー全員が30代となった。

2007年11月時点で、楽曲は披露するもののCDは発売されていなかった(「Mermaid」や「旅立ちの日に」など)。前述にある事情から紅白への対応が元々注目されていたが、紅白の司会が決定するときにはまだ新曲が発表されていなかったせいか、中居が白組司会ではなく紅組司会を務めることに決まってしまった(「SMAPとして出場辞退する為に中居が紅組司会となったのではないか?」と言う推測報道もあった)。しかし、2007年12月19日に急遽新曲「弾丸ファイター」の発売が決定したことによって例年通り白組として出場となった。当日のSMAPとしてのステージ前に白組司会の笑福亭鶴瓶は中居に「あなただけ紅組で歌うのか、白組で歌うのか」とつっこみを入れ会場が笑いに包まれていた(尚、中居はそれに対し「(気持ちの)整理がついていない」と話していた)。

2008年4月で、グループ結成20周年を迎えた。

エピソード

  • 今でこそ出す曲はすべて首位に上りつめるほどにもなったが、デビュー当時はCDの売り上げが芳しくなく、3作目の時に全員事務所に呼び出され、「お前らはなぜ売れないんだ」と叱られ、特にリーダーの中居が叱られたらしい(2007年7月29日FNS27時間テレビBISTROSMAP香取談)。当時、光GENJIのコンサートにゲスト出演した際、MCが全く受けず、ジャニー喜多川から「You Die」と言われたらしい。(2007年11月15日うたばん 中居談)。
  • 2002年に発売されたSMAPのアルバム「Drink! Smap!」と同名の清涼飲料水が2002年7月23日に発売された。以下、Drink! Smap!項参照。
  • レコーディングは5人がバラバラに行う。以前はメンバーが一曲を通して歌い、スタッフがバランスを考えソロパートを決定するという方法がとられていたが、現在は先にソロパートを決めてからレコーディングを行うというスタイルをとっている。
  • レコーディングにかける時間が極端に短い。2008年3月5日に発売された『そのまま/White Message』に関しては、歌入れからプレスまでが5日間であった(木村拓哉のWhat's up SMAPにて木村が発言)。また、アルバム製作時間・ライブの準備期間もともに極端に短く、加えて年々短くなっているという。
  • 韓国文化放送(MBC)が2007年12月31日に行なったコンサートで、2006年のSMAPのコンサートで使用された映像に酷似したものを使用。画像の類似性(画像に加えられた効果)だけでなく、内容・演出(出演者・無限挑戦のメンバーが乳児となりジャングルにいる・動物に追われるうちに成人となり、本人が登場する)も酷似しており、SMAPの映像を意識している事をは明白である。動画サイト等に検証動画がアップされ、MBCの露骨な著作権侵害が問題になっている。なお、MBC側は「参考にしていた」ことは明らかにしているが盗作は認めておらず、謝罪もしていない[1][2]


記録

  • 通算TOP10獲得作品数(サザンオールスターズと並ぶ2位タイ)
  • 連続TOP10獲得作品数
  • デビューからの連続TOP10獲得作品数
  • 連続TOP10獲得年数(B'zと並ぶ1位タイ)

 四冠達成はオリコン史上初の快挙

作品

CDシングル

1999年の「Fly」まで8cmシングル、2000年の「Let It Be」からマキシシングルとなっている。またタイアップに関してはこちらを参照。

  1. Can't Stop!! -LOVING-1991年9月9日
  2. 正義の味方はあてにならない(1991年12月6日
  3. 心の鏡1992年3月18日
  4. 負けるなBaby! 〜Never give up(1992年7月8日
  5. 笑顔のゲンキ(1992年11月11日
  6. 雪が降ってきた(1992年12月12日
  7. ずっと忘れない1993年3月3日
  8. はじめての夏(1993年6月6日
  9. 君は君だよ(1993年9月9日
  10. $10(1993年11月11日
  11. 君色思い1994年1月1日
  12. Hey Hey おおきに毎度あり(1994年3月12日
  13. オリジナル スマイル(1994年6月6日
  14. がんばりましょう(1994年9月9日
  15. たぶんオーライ(1994年12月21日
  16. KANSHAして1995年3月3日
  17. しようよ(1995年6月6日
  18. どんないいこと(1995年9月9日
  19. 俺たちに明日はある(1995年11月11日
  20. 胸さわぎを頼むよ1996年2月2日
  21. はだかの王様 〜シブトク つよく〜(1996年5月5日
  22. 青いイナズマ(1996年7月15日
  23. SHAKE(1996年11月18日
  24. ダイナマイト1997年2月26日
  25. セロリ(1997年5月14日
  26. Peace!(1997年9月26日
  27. 夜空ノムコウ1998年1月14日
  28. たいせつ(1998年5月8日
  29. 朝日を見に行こうよ1999年1月27日
  30. Fly(1999年6月23日
  31. Let It Be2000年2月9日
  32. らいおんハート(2000年8月30日
  33. Smac2001年7月28日
  34. freebird2002年5月15日
  35. 世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)2003年3月5日
  36. 友だちへ〜Say What You Will〜2005年1月19日
  37. BANG! BANG! バカンス!(2005年7月27日
  38. Triangle(2005年11月23日
  39. Dear WOMAN2006年4月19日
  40. ありがとう(2006年10月11日
  41. 弾丸ファイター2007年12月19日
  42. そのまま/White Message2008年3月5日
  43. この瞬間、きっと夢じゃない(2008年8月13日

音松くん」名義のシングル

SHOP限定シングル

未発売曲

ダウンロード限定曲

CDアルバム

オリジナルアルバム

「001」から一貫してアルバムにナンバリングがされているが、「010」が映像作品(後述)のため、10枚目以降はナンバリングの数字と実際のアルバムの枚数が一致しない。

  1. SMAP 001(1992年1月1日)
  2. SMAP 002(1992年8月26日)
  3. SMAP 003(1993年1月1日)
  4. SMAP 004(1993年7月7日)
  5. SMAP 005(1994年2月2日)
  6. SMAP 006〜SEXY SIX〜(1994年7月7日)
  7. SMAP 007〜Gold Singer〜(1995年7月7日)
  8. SMAP 008 TACOMAX(1996年3月3日)
  9. SMAP 009(1996年8月12日)
  10. SMAP 011 ス(1997年8月6日)
  11. SMAP 012 VIVA AMIGOS!(1998年6月18日)
  12. BIRDMAN〜SMAP 013(1999年7月14日)
  13. S map〜SMAP 014(2000年10月14日)
  14. SMAP 015/Drink! Smap!(2002年7月24日)
  15. SMAP 016/MIJ(2003年6月25日):2枚組み
  16. SMAP 017/SAMPLE BANG!(2005年7月27日):3枚組み
  17. SMAP 018/Pop Up! SMAP(2006年7月26日):2枚組み

ベストアルバム

  1. Cool(1995年1月1日)
  2. WOOL(1997年3月26日):2枚組み
  3. Smap Vest(2001年3月23日):2枚組み
  4. pamS (ウラスマ)(2001年8月8日)

リミックスアルバム

  1. BOO(1995年11月22日):アナログ版でもリリース

ミニアルバム

  1. La Festa(1998年8月26日)

発売予定だったシングル

  1. ススメ! GOLD盤

写真集

  1. SMAPスーパー写真集 THE FIRST
  2. SMAP写真集少年紀
  3. SMAP YEAR BOOK 1993-1994
  4. smap year book 1994-1995
  5. Snap

ビデオテープ

  1. Hop Smap Jump!(1991年9月21日)
  2. SMAP 1st LIVE「やってきましたお正月!!」コンサート(1992年3月14日)
  3. 心の鏡(ビデオ)(1992年3月14日)
  4. SMAP VIDEO はじめての夏(1993年9月1日)
  5. 映画「シュート!」(1994年6月29日)
  6. SEXY SIX SHOW(1994年11月11日)
  7. SMAP 007 MOVIES〜Summer Minna Atumare Party(1995年12月16日)
  8. SMAP 010"TEN"(1996年12月9日)
  9. ドラマ「僕が僕であるために」(1997年4月25日)
  10. 1997 SMAP LIVE ス(1997年12月17日)
  11. SMAP LIVE AMIGOS!(1998年12月24日)
  12. LIVE BIRDMAN(1999年12月22日)
  13. LIVE Smap(2001年3月14日)
  14. Smap Short Films(2001年8月8日)
  15. LIVE ウラスマ(2001年12月21日)
  16. 世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(2002年8月23日)
  17. Clip!Smap!(2002年9月21日)
  18. Smap!Tour!2002(2003年3月5日)
  19. LIVE MIJ(2003年12月24日)
  20. SMAPとイッちゃった!SMAP SAMPLE TOUR 2005(2005年12月14日)
  21. Pop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアー(ビデオ)(2006年12月6日)

その他

  • ローソン限定 ジャニーズワールドSMAP編(1巻・3巻 - 7巻の計6本)
  • 夢がMORI MORI Special Live
  • 夢がMORI MORI Super Live
  • SMAP WINTER CONCERT 1995 - 1996


発売予定だったビデオテープ

DVD

  1. 1997 SMAP LIVE ス(1997年12月17日)
  2. LIVE BIRDMAN(2000年1月1日)
  3. SMAP LIVE AMIGOS!(2000年12月6日)
  4. SMAP 010"TEN"(2000年12月6日)
  5. LIVE Smap(2001年3月14日)
  6. Smap Short Films(2001年8月8日)
  7. LIVE ウラスマ(2001年12月21日)
  8. 映画「シュート!」(2002年6月25日)
  9. 世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(2002年8月23日)
  10. Clip!Smap!(2002年9月21日)
  11. Smap!Tour!2002(2003年3月5日)
  12. SMAP 007 MOVIES-Summer Minna Atumare Party-(2003年12月24日)
  13. SEXY SIX SHOW(2003年12月24日)
  14. はじめての夏(2003年12月24日)※シングルのビデオクリップ収録のDVD
  15. 心の鏡(2003年12月24日)※シングルのビデオクリップ収録のDVD
  16. 1992.1.SMAP 1st LIVE「やってきましたお正月!!」コンサート(2003年12月24日)
  17. LIVE MIJ(2003年12月24日)
  18. X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(2005年11月30日)
  19. シュート! (期間限定盤)(2005年12月3日)
  20. SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005(2005年12月14日)
  21. Pop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアー(2006年12月6日)
  22. シュート! (期間限定盤)(2007年1月27日)

PVについて

  • SMAPの楽曲でPVが制作されていながらビデオテープとDVDでソフト化されていないものとして、「Peace!」,「たいせつ」,「Let It Be」及びシングル曲「友だちへ 〜Say What You Will〜」から「そのまま」までの7作を合わせて現在まで10作ある。前者の3作は制作済だったが、PV集「Clip! Smap!」に収録されなかった。後者の7作はこれから発売される見込みはある。ソロ作品も含めれば、慎吾ママ「慎吾ママのおはロック」もソフト化されていない。

期間限定ショップ

  • SMAPSHOP

出演

各メンバー単独出演は、それぞれの記事に記載(中居・木村・稲垣・草彅・香取・森)。

バラエティ番組

スペシャル番組

テレビドラマ

  • あぶない少年III(1988年10月12日 - 1989年3月29日、テレビ東京)
    • SMAPのドラマデビュー作品で、メンバー6人がそれぞれ本名で出演。
  • もっと、ときめきを―ふたりまでの距離―(日本テレビ系、1992年)
  • 僕が僕であるために(1997年1月3日放送、フジテレビ)
    • 尾崎豊の名曲を主題歌に使用した、5人全員出演の単発スペシャルドラマ。
  • 古畑任三郎 vs SMAP(1999年1月3日放送、フジテレビ)
    • メンバー5人でSMAPそのものとして出演。古畑史上最高のエポックメイキング的出来事となった。ちなみに木村は2回目の出演(木村以外に古畑任三郎の犯人役にゲスト出演した者はいない)。本人役のゲスト出演者は古畑史上初(2006年1月の「古畑任三郎 FINAL」第2夜においてイチローが本人役で出演したため、唯一の本人役ゲストとはならなかった)。
    • 2006年10月9日には「ドラマレジェンドスペシャル」第一弾として放送され、実質的に再放送であるにも関わらず視聴率22.7%を記録した。
  • 世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(2001年1月1日放送、フジテレビ)
    • メンバー1人1人が各話の主人公を演じる。
  • X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(2004年12月25日放送、フジテレビ)

ラジオ番組

映画

  • シュート! (1994年)
    • 6人時代のSMAPが出演している。

舞台

コンサート

1991年 単発コンサート SMAP FIRST CONCERT 1月1日 1か所3公演 日本武道館 リハーサル中にバック転を練習していて、香取が足を骨折し、他の5人での公演となったが香取の強い思いで1曲のみ参加した。これ以降1996年まで、元旦にコンサートを行なうことが恒例となった。
1991年 ツアー SPRING SMAP '91 3月24日 - 4月3日 3か所3公演 横浜アリーナ愛知厚生年金会館大阪厚生年金会館 
1992年 ツアー SMAP '92 「やってきましたお正月!!」 1月1日 - 1月7日 3か所??公演 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館 CDデビュー後、初のツアー 1月1日の東京公演では、1日5回公演で行なわれたため、4回ぐらいから何人かのメンバーが足をつっていたという。(Smastationで香取が発言)
1992年 ツアー SPRING SMAP '92 3月21日 - 4月5日 6か所??公演 北海道厚生年金会館宮城県民会館、東京・かつしかシンフォニーヒルズ、京都会館、広島アステールプラザ、福岡市民会館 自身初、東名阪以外での地方で開催されたツアー。なお、東京公演は追加公演として、急遽決定した。
1992年 ツアー SMAP'92 SUMMER CONCERT "負けるなBaby!" 8月26日 - 8月31日 3か所??公演 日本武道館、名古屋レインボーホール大阪城ホール NHK衛星放送にて、同事務所タレントのスペシャル番組が放送され、自身の番組の際、東京公演を生中継にて放送した。また、現在でも語られる「名古屋ガラガラ事件」(客席の7割が空席だった)が起きた。
1992年 学園祭 明治大学駿台祭SMAPライブ 11月2日 1か所1公演 明治大学 現在までの唯一の学園祭ライブ。この時期は、事務所の意向で他のタレントも学園祭等に多く出演をしていた年であり、その一環として出演したもの。
1993年 ツアー NEW YEAR CONCERT 1993 1月1日 - 1月8日 3か所?公演 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館 
1993年 イベント 夢がMORI MORI Spring Concert 3月5日 1か所1公演
自身が出演していたTV番組「夢がMORI MORI」の企画にて行なわれた、スペシャルコンサート。同番組に出演していた森口博子森脇健児も出演。
1993年 ツアー SPRING SMAP '93 3月21日 - 4月24日 9か所??公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ大宮ソニックシティ神奈川県民ホール静岡市民文化会館、京都会館、神戸国際会館、広島アステールプラザ、福岡サンパレス 「SPRING SMAP」というタイトルを使用したのは、このツアーが最後。
1994年 ツアー NEW YEAR CONCERT 1994 1月1日 - 1月7日 4か所17公演 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪城ホール、大阪厚生年金会館 東京公演は、1日6回公演を行なった。また大阪城ホールは、追加公演として行なわれた。
1994年 イベント 夢がMORI MORI Spring Concert '94 3月9日 1か所1公演 東京・中野サンプラザ TV番組「夢がMORI MORI」の企画にて行なわれた、スペシャルコンサート第2弾。共演の森口博子、森脇健児も出演。
1994年 ツアー SPRING CONCERT 1994 "Hey Hey おおきに毎度あり" 4月30日 - 5月8日 4か所??公演 東京厚生年金会館、横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪万博ホール
1994年 ツアー SEXY SIX SHOW 7月24日 - 8月30日 13か所64公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、日本武道館、新潟テルサ石川厚生年金会館名古屋市公会堂、京都・南座、大阪厚生年金会館、広島メルパルクホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂鹿児島県文化センター 自身初、東名阪を交えた本格的な全国ツアー。
1995年 ツアー COOL JANUARY 1月1日 - 1月6日 3か所??公演 日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 日本武道館の初日の1月1日にCOOLのCDも同時リリースした。 
1995年 イベント ジャニーズワールドスペシャル 「COOL COOL SMAP '95」 1月29日 - 2月26日 ?か所??公演 仙台サンプラザホール、横浜アリーナ、大阪城ホール、日本武道館 当時ローソン限定にて発売されていたビデオ「ビジュアルレコード ジャニーズワールド」にちなんでの、ローソンの懸賞による無料コンサート。内容は1月のツアーと、ほぼ同じ。
1995年 ツアー COOL SPRING 3月31日 - 4月4日 3か所??公演 日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 
1995年 ツアー SUMMER MINNA ATUMARE PARTY("ATSUMARE"ではなく、正式には"ATUMARE") 7月26日 - 9月3日 18か所43公演 北海道厚生年金会館、青森市文化会館岩手県民会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、大宮ソニックシティ、横浜アリーナ、新潟県民会館金沢市観光会館松本市文化会館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、香川県民ホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂、宮崎市民会館鹿児島市民文化ホール沖縄県総合運動公園陸上競技場 自身初の野外公演、そして自身・同事務所初の沖縄公演を開催。このツアーより「SMAPのチケットは取り難い」と言われるようになる。 そして森にとって最後の夏のツアーとなった。
1995年 - 1996年 ツアー WINTER CONCERT 1995-1996 12月26日 - 1月14日 3か所28公演 代々木ホワイトシアター、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 東京公演では、自身・同事務所初のカウントダウンコンサートが行なわれた(なお、これ以降は行なわれていない)。
1996年 ツアー SPRING CONCERT'96 3月22日 - 4月7日 6か所12公演 札幌月寒グリーンドーム盛岡アイスアリーナ浜松アリーナサンドーム福井広島サンプラザ福岡国際センター 冬のツアーの内容をそのままに、地方で開催された初のアリーナツアー。008のアルバムの曲が追加された。そして6人としては、最後のツアーとなった。
1996年 ツアー 超無限大翔(読み方:ちょうむげんだいしょう) 7月19日 - 8月24日 6か所11公演 札幌・真駒内オープンスタジアム、仙台・国営みちのく杜の湖畔公園東京ドーム阪急西宮スタジアム福岡ドーム 、沖縄・糸満市西崎陸上競技場 初のスタジアムツアー。森がこのツアーの前に脱退したため、5人で行われた。当初沖縄を除く5ヶ所5公演の予定だったが、申し込みが殺到したため、各会場で1公演ずつ+沖縄公演の計6公演を追加。また福岡公演では、1日2回公演を実施。沖縄公演では、興行元によるチケット収入による詐欺事件が起きた。
1997年 ツアー SMAP 1997 "ス" 〜スばらしい!ステキな!スゴイぞ!スーパースペシャルコンサート〜 7月15日 - 9月15日 9か所26公演 札幌・真駒内オープンスタジアム、山形県総合スポーツセンター横浜スタジアム石川県産業展示館4号館、長野エムウェーブナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム この年より、ツアーは1年に1回となる。初めてコンサートにTV番組「SMAP×SMAP」のキャラクターが登場する演出を行った。自身の中でも、今後のコンサートの演出を方向付けるターニングポイントとなるツアーとなった。大阪公演ではめちゃイケのオファーシリーズの第1弾でナインティナイン岡村隆史ジャニーズJr.に混ざり踊りを踊っていた。中居のソロではダンサーとして踊っていた。
1998年 ツアー CONCERT TOUR 1998 "VIVA AMIGOS!" 7月21日 - 10月1日 8か所22公演 真駒内オープンスタジアム、仙台グランディ・21総合体育館、東京ドーム、石川産業展示館4号館、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム 予定されていた徳島公演(アスティとくしま(4公演))が、阿波踊りのイベントとダブルブッキングしていることが発覚し、公演が中止となる。
1999年 ツアー SMAP 1999 TOUR "BIRDMAN" 7月24日 - 9月26日 7か所16公演 札幌真駒内屋外競技場、秋田大館樹海ドーム、仙台・名取スポーツパーク横浜スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム ストーリー仕立てで作成されたプロモーションビデオが話題となり、ステージの演出は、そのストーリーコンセプトを元に作られた。
2000年 ツアー SMAP '00 "S map (エスマップ) Tour" 10月14日 - 11月27日 8か所18公演 札幌コミュニティードーム(札幌つどーむ)、秋田大館樹海ドーム、シェルコムせんだいさいたまスーパーアリーナ、東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム この年のツアーは、通常とは異なり秋に開催され、これ以降のコンサートは1日の公演数は1回のみに統一された。1回の公演時間が3時間を超えるようになったのもこのツアーから。このツアー中に木村の結婚が発表され会場だったさいたまスーパーアリーナで木村が会見を行った。
2001年 ツアー SMAP '01 "pamS (裏スマ) Tour" 7月28日 - 9月30日 9か所20公演 札幌ドーム、岩手・安比高原野外特設会場、東京ドーム、東京スタジアム、新潟・国営越後丘陵公園、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島・国営備北丘陵公園、福岡ドーム デビュー10周年に行なわれたツアーで、今まで発売した曲の中から、普段のコンサートでは歌わない曲も選曲し、開催された。しかし、稲垣吾郎の不祥事により、8月25日以降の公演は4人で行なった。
2002年 ツアー SMAP '02 "Drink! Smap! Tour" 7月28日 - 11月3日 12か所24公演 札幌ドーム、宮城スタジアム、東京ドーム、東京スタジアム、新潟スタジアム・ビッグスワン静岡スタジアム・エコパ、ナゴヤドーム、大阪ドーム、阪急西宮スタジアム広島ビッグアーチ、福岡ドーム 夏 - 秋にかけての、近年では長いツアーとなり、観客動員数も100万人を超えるようになる。日韓ワールドカップが開催された年にちなみ、サッカーが行なわれるスタジアムを中心にツアーを展開。昨年の名古屋公演より4人で行なったため、ツアーは名古屋から行なわれた。また阪急西宮スタジアムは解体することが決まり、このスタジアムでのコンサートは、SMAPが最後となった。大阪公演では1997年に続きナインティナインの岡村が2回目の出演。これはめちゃイケのオファーシリーズではない。この際メンバーは誰も知らなかった。
2003年 ツアー SMAP '03 "MIJ Tour" 7月5日 - 9月6日 9か所21公演 札幌ドーム、宮城スタジアム、味の素スタジアム横浜国際総合競技場、新潟スタジアム・ビッグスワン、豊田スタジアム、大阪ドーム、広島ビッグアーチ、福岡ドーム 香取慎吾の大河ドラマ出演の関係上、通常よりも公演数を少なくしたが、大阪の追加公演決定により、前年に続き観客動員数が100万人を超えた。初めて横浜国際総合競技場にてコンサートを行なった、そのため初日のオープニングで草彅が緊張したという。(この日のMCで草彅が発言)
2005年 ツアー SMAPとイク?SMAP SAMPLE TOUR FOR 62DAYS. 7月30日 - 9月29日 7か所21公演 札幌ドーム、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場日産スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡Yahoo!JAPANドーム 単独のアーティストでは史上初、国立霞ヶ丘競技場でコンサートを行なった。また、「今までSMAPのコンサートを見たことがない人にも、観に来て欲しい」とのコンセプトを基に、「SAMPLEシート」を設定。MEN'Sシート(男性専用席)と、「初体験シート」(男性と女性のカップル)を発売した。会場には例年通り、久本雅美が観客として入っていたがバッファ行為などをしたためネットでもだいぶたたかれた。(ただし好感度調査には影響がなかった)
2006年 ツアー Pop up! SMAP―飛びます!トビだす!とびスマ?TOUR 7月30日 - 10月9日 8か所21公演 札幌ドーム、新潟スタジアム・ビッグスワン、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場、日産スタジアム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム 首都圏でのドーム・スタジアム3か所8公演48万人動員は史上最大規模。3D眼鏡を使用すると、映像に移ったメンバーが飛び出してくる、という画期的な演出で、観客を驚かせた。前年同様、「MEN'Sシート」と「カップルシート(初体験シートを名称変更)」が発売された。また、前年のツアーでは新潟県中越地震以後にも係らず新潟公演が行なわれなかったため、メンバーの強い希望により唯一の地方公演として実現した。9月9日の国立霞ヶ丘競技場でのライブでは中居正広が左足を肉離れするというアクシデントも。また、9月28日の東京ドーム公演では、倖田來未が飛び入り参加し、香取との二人のデュエットが実現した。さらにカオナシのコスプレをした客をイジっている途中、プライベートでライブに来ていた笑福亭鶴瓶に話題を振り、鶴瓶に向かってスポットライトを当て、「一言どうぞ。」といい鶴瓶は「助けて〜」と絶叫した。(2007年8月6日放送SMAP×SMAPより)

CM

握手会

  • 西武園ゆうえんち(1991年9月9日)
  • こどもの国(1992年4月4日)
  • 横浜アリーナこの握手会では、通常17000人収容の横浜アリーナだが50000人を収容した。これについて当時のSMAPのメンバーは「正直こんなにお客さんが来てくれるなんて予想外でした。」など「握手する手が震えていた。」などのコメントをしている。(1993年9月15日)

スケートボーイズ (前身)

  • スケートボーイズは、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。1987年の秋に結成。 SMAPの前身として知られ、光GENJIの『ガラスの十代』のバックでスケボーをやるグループとして初登場。
  • 『Diamondハリケーン』でもバックダンスグループとして、中居・木村・佐藤敬・他2名で登場。この時はGENJIの赤坂&佐藤敦啓が年齢制限で夜の歌番組にTV出演できなかったため、木村拓哉と佐藤敬が替わりにマイクを握った。
  • 1988年4月、各アイドル誌にて、主要メンバー12名で正式に初お披露目。 だが、誌面で紹介される機会のなかったメンバーも数名居り、延べ20名近くのメンバーが参加している。

メンバー

  • 後の平家派
    • 松原一平 (愛称・ケロ。初期に参加。元「GENJI」候補メンバー。)
    • 松元治郎
    • 岩佐克次
    • 岡田賢一郎
    • 佐藤敬
    • 石川徹
    • 長谷川文高 (後期に参加)
    • 佐藤功 (後期に参加)
    • 寺山幸治
  • その他の参加者
    • 東昌孝 (愛称・オズ、大将。初期に参加)
    • 他数名…

備考

  • 主要メンバー12人(国分太一はまだメンバーに加わってない)が揃った写真は少ない。なお、「トンボ学生服」の販売促進用として作られた下敷きでは、上半分が脱退組(森且行も含む)、下半分が現在のSMAPと言う、因縁を感じさせる構図となっている。
  • SMAPが結成後された後も、しばらくは並行してスケートボーイズが存在したが、数か月後に自然消滅した。 漏れたメンバーのほとんどは、後に「平家派」というグループで活動。しかしそれも1990年初頭に消滅した。 TOKIOのメンバーとなった国分太一を除き、全員がジャニーズ事務所を退所。 但し松元治郎は、その後和久二郎と改名し、WANDSの第3期ボーカリストとして芸能活動をしていた。
  • SMAPのメンバーは、『SMAP×SMAP』の1コーナー「歌え!アイドルキックオフ」にて「スケートボーイズ」を名乗っているが、これはスケートボーイズ時代を再現したものではなくて、新たに作られた“架空のグループ”としての「スケートボーイズ」である(セルフパロディ的要素も若干含むが)。

関連項目

外部リンク

オリコン年間シングルチャート第1位
2003年
前年:
浜崎あゆみ
H
SMAP
世界に一つだけの花 (シングル・ヴァージョン)
次年:
平井堅
瞳をとじて



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