荒井崇博
| 荒井崇博 Takahiro Arai |
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| 個人情報 | |
|---|---|
| 本名 | 荒井 崇博 あらい たかひろ |
| 生年月日 | 1978年4月3日(31歳) |
| 国籍 | |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 77kg |
| チーム情報 | |
| 所属 | 日本競輪選手会佐賀支部 |
| 期別 | 82期 |
| 分野 | 競輪 |
| 役割 | 選手 |
| 特徴 | 先行・捲り |
| アマ所属チーム | |
| 1994-1997 | 佐賀龍谷高等学校 |
| プロ所属チーム | |
| 1999- | 日本競輪選手会佐賀支部 |
| 主要レース勝利 | |
| ヤンググランプリ 2001 | |
| 最終更新日 | |
| 2008年2月23日 | |
荒井 崇博(あらい たかひろ、1978年4月3日- )は、日本競輪選手会・佐賀支部に所属する競輪選手。佐賀龍谷高等学校出身で、井上茂徳・佐々木昭彦の後輩になる。日本競輪学校第82期生。同期に兵藤一也らがいる。師匠は原司(70期)。ホームバンクは武雄競輪場。
経歴
佐賀龍谷高校時代は1997年の国民体育大会・個人スプリント2位などの実績を挙げた。競輪学校時代は61勝を挙げ、在校競走成績第2位。さらに82期卒業記念レースを制覇。デビュー戦は1999年4月2日の佐世保競輪場で迎え、初勝利も同日。
2001年12月29日、競輪祭で行われてきた新人王戦に代わるデビュー3年未満の選手によるGIIタイトル戦、ヤンググランプリがこの年から開催されたが、最終バックストレッチから豪快に捲って初代優勝者に輝く。
この間、荒井は競輪の傍ら、自転車競技の日本ナショナルチームのメンバーとして国際大会にも度々出場し、2001年、2003年の世界自転車選手権では、ともに1kmタイムトライアルに出場(いずれも18位)。また競輪のほうでもGIでしばし準決勝に進出するなどして着々と力をつけていた。だが、2003年の世界選出場を契機に、自らナショナルチームからの離脱を宣言して自転車競技から決別する。
2004年8月に開催されたふるさとダービー(福井競輪場)において、ビッグレースとしては初めて決勝へと駒を進め、3着に食い込む。しかしGIでは準決勝進出どまりの状態が続いていた。だが、2006年12月開催の全日本選抜競輪(いわき平競輪場)で悲願のGI決勝進出(9着)。その決勝では熊本の合志正臣を連れて2センターから捲りを放ち、自らは捲り不発に終わったものの、マークの合志が荒井の動きに乗って直線で鋭く伸び、優勝を果たした。
2007年は高松宮記念杯競輪(4着)、寬仁親王牌(前橋競輪場。7着)で決勝へと進出。これらの実績がモノを言って、初代S級S班18名に選出された。
エピソード他
- 伏見俊昭には相性が悪い。荒井がなかなかGIの決勝進出を果たせなかった理由として、準決勝で伏見と対戦する機会が多く、ことごとく伏見に行く手を阻まれたことにも起因している。
- 馬力という点においては、現在の競輪界において屈指のものを持っており、とりわけ捲りが決まったときの勝ちっぷりには目を見張るものがあるが、展開に嵌らなければ大敗するケースも少なくない。成績を安定させることができればGIタイトルを掴む可能性を十分に持つ選手だと考えられる。
関連項目
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