小野五平
小野 五平(おの ごへい、1831年(天保2年)10月6日 - 1922年(大正11年)6月)は、将棋棋士、十二世名人。十一代大橋宗桂門下(一般的には小野は天野宗歩門下とされているが、小野の免状が大橋本家発行であることから、小野の師匠が十一代大橋宗桂であることは疑いない)。
経歴
- 1831年(天保2年) - 阿波国(現在の徳島県)脇町(美馬市)の旅館の長男として生まれる。
- 1850年(嘉永3年) - 京都にのぼり天野宗歩の指導を受ける。青年時代までは「土井喜太郎」を名乗っていた。
- この間、江戸に出て十一代大橋宗桂に入門。すでに四段の実力はあったという。家名を継いで「尾野五平」を名乗る。
- 1879年(明治12年) - 七段昇段、「小野五平」に改名。伊藤宗印(この年十一世名人を襲名)と宗印の左香落ちで対局し、252手までで破っている。
- 1880年(明治13年) - 八段昇段。
- 1900年(明治33年) - 十二世名人を襲位。1898年(明治31年)とする資料もある。
- 1922年(大正11年) - 死去。
当時の名人位は、一度襲位すると死去するまで名人であり続けた。小野が91歳と長命であったため、次の名人の座が約束されていた関根金次郎が全盛期のうちに名人を襲位することができず、そのことが関根に実力名人制への転換を決意させたともいわれている。
日本チェス界の草分け的存在でもある。小野以降、坂口允彦、大山康晴、羽生善治、森内俊之と将棋界はチェスの強豪を輩出している。
関連項目
外部サイト
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