大連市
| 中華人民共和国 遼寧省 大連市 | |
| 中山広場 | |
| 遼寧省中の大連市の位置 | |
| 中心座標 | |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 省 | 遼寧 |
|---|---|
| 行政級別 | 副省級市 |
| 成立 | 1899年 |
| 市委書記 | |
| 市長 | 夏徳仁 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 13,237 km² |
| - 市区 | 2,415 km² |
| 海抜 | 29 m |
| 人口 | |
| - 総人口(2006) | 620 万人 |
| - 人口密度 | 468.4 人/km² |
| - 市区人口(2006) | 312 万人 |
| 経済 | |
| - GDP(2006) | 2,568 億元 |
| - 一人あたりGDP | 45,590元 |
| 電話番号 | 411 |
| 郵便番号 | 116000 |
| ナンバープレート | 遼B |
| 市樹 | エンジュ |
| 市花 | エンジュ |
| 官方ウェブサイト: http://www.dl.gov.cn/ | |
大連(だいれん、ダーリェン、簡体字: 大连, 拼音: Dàlián)は中華人民共和国遼寧省の南部に位置する地級市(地区クラスの市)。経済的重要性から省クラスの自主権をもつ副省級市にも指定されている。現在の市政府市長は夏徳仁(かとくじん、拼音: xià dérén:シャーダァレン)である。
目次 |
地理
遼東半島先端部に位置し、西は渤海湾、東は黄海である。海を隔てて山東半島を臨む。 緯度は、ほぼ北緯39度上にある。この緯度付近には、日本の仙台市、アメリカ合衆国のサンフランシスコ市、ワシントンD.C.、ギリシャのアテネ市がある。
行政
大連市政府は中山路の人民広場の北側の主要ビル(もとの関東州庁)および市内各地のビルにある。その組織には、商業局、外国経済貿易局、衛生局、情報(信息)産業局、警察(公安)、宗教、科学技術局などがあり、区レベルの該当部署とも連絡を取りながら事務を司る。大連市の最近の産業政策としては、2003年に「大・大連計画」を発表し、4つの基地(石油化学工業、造船工業、現代設備製造工業、電子産業基地)と1つの中心(航運中心=物流センター)になるように勤めていて、2004年には「旅順南路ソフトウェア産業帯」を発表し、大連ソフトウェアパーク第2期などを進めていて、また渤海に浮かぶ中国北部で最大の島といわれる長興島の開発も進めている。
行政区画
大連市は、以下の6区、3市、1県から構成されている。
- 中山区(ジョンシャン,zhōngshān) 43平方キロメートル、37万人
- 西崗区(シーガン,Xīgāng) 26平方キロメートル、 33万人
- 沙河口区(シャーフーコォウ,shāhékǒu) 49平方キロメートル、 60万人
- 甘井子区(ガンジンズー,gānjǐngzi) 491平方キロメートル、 54万人
- 金州区(ジンジョウ,jīnzhōu) 1390平方キロメートル、 66万人
- 旅順口区(リューシュンコォウ,lǚshùnkǒu) 506平方キロメートル、 21万人
- 普蘭店市(プーランディエン,Pǔlándiàn) 2923平方キロメートル、 82万人
- 瓦房店市(ワーファンディエン,wǎfángdiàn) 3791平方キロメートル、 103万人
- 庄河市(ジュアンフー,zhuānghé) 3866平方キロメートル、 90万人
- 長海県(チャンハイ,chánghǎi) 152平方キロメートル、 9万人
旧来からの大連にあるのが、中山、西崗、沙河口、甘井子の4区であり、俗に「市内4区」と呼ばれている。[1] 中山区は大連駅から東側の旧市街で、中山広場、大連港などがある。西崗区は駅の西側の旧市街で、市政府(=市役所、旧関東州庁)等がある。沙河口区と甘井子区はもともと住宅地区であったが、大連周水子国際空港、大連高新技術産業園区、大連ソフトウェアパークもあり、近年商業化・市街化が進んでいる。
北郊外の金州区(開発区・保税区を含む)と西郊外の旅順口区は、それぞれ金州駅・開発区金馬路と軍港近くの市街区域以外はほぼ農村・漁村で、そこへ大学・工場が建設されている。
普蘭店市、瓦房店市、庄河市の北方3市は普蘭店駅、瓦房店駅、庄河市街区を除いてはほぼ農村・漁村であるが、工場の進出も始まっている。長海県は黄海に浮かぶ諸島で大連港と皮口からフェリーが運行しているまた2008年度より大連周水子空港より飛行機にて行く事も可能となった。
上記の通り、大連広域市は区・市・離島を含む行政区域の構成をしており、広域市全体の人口は600万弱。また、戦前の日本租借地(関東州)は、現在の大連広域市の南半分で(ほぼ普蘭店駅と皮口を結ぶ線の南側)、現在のほぼ6区の範囲に当たり、北方3市は満州国に属していた。
なお、経済発展の牽引役をさせるため、国家級対外開放区が4か所、開発区・保税区・高新技術産業園区(ハイテクパーク)・金石灘国家観光渡暇(リゾート)区として設けられているが、行政単位ではない。
歴史
魏晋の時代には三山と呼ばれ、唐代には三山浦、明清時代には三山海口、青泥洼口と称した。1880年代に清朝が大連湾北岸に砲台を築き、ようやく都市が形成され始めた。日清戦争後の1898年、三国干渉の代償として、清から関東州(大連、旅順など)を租借したロシアが、東清鉄道の終着駅を設け「ダーリニー」(Дальний; 「遠い」)と名づけた。旅順にある艦隊と要塞の物資をまとめるため、また貿易の拠点として、港の整備とパリをモデルにした都市づくりが始まった。
しかし、1904年に勃発した日露戦争により、同年5月末には日本軍が無血入城を果たし、戦後の1905年ポーツマス条約により日本に租借権が譲渡された。日本は古地図に見られる中国語の地名「大連湾」からとった「大連」を都市名として採用した。これはロシア名のダーリニーと発音が似ていることにもちなむ。
ロシアの租借地時代は、現在の大連駅から東側の区割りとごく一部の建築物ができた状態であった。日本は、大連を貿易都市として発展させるため、関東都督府と南満州鉄道にインフラの整備を続行させた。その結果、道路のアスファルト舗装や、レンガなど不燃建築物が立ち並ぶ町並みができあがった。昭和初期には現在の大連駅とその駅前一帯が整備され、旧市街がほぼ現在の形になる。この時代の大連に関しては清岡卓行の、『アカシヤの大連』をはじめとする一連の作品群において描かれていることでも有名である。
第2次世界大戦末期の1945年、日ソ中立条約破棄によりソビエト連邦軍が対日参戦。このときにソ連は大連を占拠した。同年9月に戦争終結後も、中ソ友好同盟条約に基づきソ連は大連港を旅順港や南満州鉄道と共に引き続き管理下においた。中華人民共和国に返還されるのは1951年のことである。もっとも、このために、国共内戦では 国民党側の支配下に入ることはなく、終始共産党側にあった。
1951年に旅順市を合併し、旅大と改称したが、1981年に元の大連に名前を戻している。 1990年代の改革開放経済のもと、中国東北部の中でも特に目覚しい経済的発展を遂げている。
経済
農業・漁業
大連はもともとは農業・漁業が主体の土地であって、いまも農業ではトウモロコシ、野菜、リンゴ・サクランボ・モモなどの果物の栽培が盛んである。漁業は特に盛んで、現在は各種の海水魚の捕獲、コンブ・ワカメ・帆立貝・ウニなどの養殖が行われ、日本・韓国への輸出も多い。
重・軽工業、化学工業、流通業
大連は日本統治時代から造船(大連汽船)、鉄道車両の製造(南満州鉄道の沙河口工場)などが存在したが、戦後、重・軽工業、化学工業も盛んになった。貿易港として発展した経緯から、流通業も盛んで、中国の主要流通業者の支店がある。
大連は中国第3の港湾都市で、大連港は中国東北地方の代表的な港で、中国最大の石油輸入港でもある。過去には世界銀行の援助も受けながら整備が進んできた。2003年の輸出総額95.3億米ドル、輸入総額77.7億米ドルであった。2005年北郊外の大孤山半島で最新港(おもに鉱石・石油の輸出入)の使用も始まっている。東北地方への鉄道の出発点である大連駅、大連国際空港、高速道路網と相まって、大連は巨大な流通センターとなっている。
大連経済技術開発区
1978年に始まった改革開放政策の一環として、1984年に北郊外の金州区の東半分が「大連経済技術開発区」に指定されて、外国企業、特に日本企業(東芝、三菱電機、三洋電機、日本電産、キヤノン、マブチモーター、三島食品など)、次いで韓国企業、欧米企業(ファイザーなど)の進出が著しい。これに連れて、在留邦人数も約4,000人前後を数える(2006年末)。また、2006年には、インテルが2010年上半期を完成目標に、中国で始めての大規模半導体工場を開発区に建設することが、発表されている。
金融関係
大連には中国の5大銀行(中国銀行・中国建設銀行・中国工商銀行・中国農業銀行・中国交通銀行)や招商銀行・光大銀行などの支店(支行・分行)がある。大連市商業銀行は大連銀行と改名され、公共交通機関用の明珠ICカードの販売など市と密接した業務を扱っている。外国銀行では、三菱東京UFJ銀行、みずほコーポレート銀行、山口銀行、山陰合同銀行、北洋銀行、東亜銀行(BEA)、HSBC(中国語名は匯豊銀行)などの支店もある。日本の損保ジャパン(中国語名は日本財産保険)の中国本部も大連にある。大連商品交易所は中国で唯一の商品先物市場で、大豆などの穀物から他の商品へ拡大中であり、金融業界のオペレーションを集めて、大連金融街の建設が始まろうとしている。
情報産業
大連市は1990年代からIT産業育成に力を入れており、西郊の大連高新技術産業園区(高新園区) と 大連ソフトウェアパーク(大連軟件園)に中国のIT企業の開発拠点があるだけでなく、世界のソフトウェア開発・情報サービス(データ入力・コールセンター・業務引き受けなど)関係の企業、NEC、松下電器、ソニー、CSK、アルパイン、オムロン、トライアル、デル、hp、IBM、NHN、SAP AG、GENPACT(GEのIT子会社)、などが進出している。
大連の産業展示・見本市
星海広場にある大連現代博物館には、大連の代表的企業の展示がある。また、中国国際ソフトウェア・情報サービス交易会(6月)、大連国際ビール祭り(8月)、大連国際オートショー(8月)、大連国際ファッション祭り(9月)などが開催される。
毎年1月にスイス・ダボスで開かれる世界経済フォーラム(別名、ダボス会議)の新興国・新興企業版「夏季ダボス会議 Summer Davos」(中国語で、夏季達沃斯)の第1回会議が、大連で2007年9月6~8日に開催された。[2]2008年の第2回は天津市で行われるが、2009年の第3回は再び大連で開催されることが内定している。
教育
大連には次のような高等教育機関・研究所がある。
大学
- 大連理工大学 (公式ホームページ)
- 大連海事大学 (公式ホームページ)
- 大連医科大学 (公式ホームページ)
- 大連交通大学(もと大連鉄道学院) (公式ホームページ)
- 大連水産学院 (公式ホームページ)
- 大連外国語学院 (公式ホームページ)
- 東北財経大学 (公式ホームページ)
- 遼寧師範大学 (公式ホームページ)
- 大連民族学院 (公式ホームページ)
- 大連大学 (公式ホームページ)
- 大連工業大学(もと大連軽工業学院) (公式ホームページ)
- 海軍 大連艦艇学院
- 東北大学 東軟信息学院(もと東軟信息技術学院)(公式ホームページ)
大専・職業専門学校
- 大連職務学院
- 大連職業技術学院
- 大連商務学院
各種学校
- 日本語:大連日本人学校(日本の教育科学省の小中学校、別に幼稚園も併設)
※基本的に駐在員などの子供は日本人学校に通う。(日本人学校は大連日本商工会の管理である)
- 英語・中国語:Maple Leaf School(楓葉国際学校)(小中高)
※メイプルリーフ(楓葉)は小学・中学部は市内に、高等部は金州に位置する。
- 中国語・英語:大連陽光学校(幼稚園 ・小中高)
※市内「付家荘」に位置し、日本人学生が10名ほどいる。(日本人学校のそば)
- 中国語:奇才学校、大連瑞文語言学校(語学学校)
研究所
- 中国科学院 大連化学物理研究所(略称、化物所)
生活と文化
- マスメディア
- 大連発行の新聞には、大連日報、半島晨報、大連晩報、新商報といういずれも朝刊紙がある。テレビは大連テレビ(大連電視台[2]、第1チャンネル:新聞総合頻道、第2チャンネル:生活頻道、第3チャンネル:公共頻道、第4チャンネル:文体頻道、第5チャンネル:影視頻道、第6チャンネル:小児頻道)があり、北京からの中国中央テレビ(CCTV)や瀋陽からの遼寧テレビも受けられる。都市部ではすべてケーブルで配信される(大連天途有線電視網路)。外国人は大連テレビ局でパスポートを見せて許可を得て、デコーダーを買った上、外国テレビ(NHKワールド・プレミアム、KBS、CNN、BBCなど)を視聴することができる。また毎週日曜日12:10~12:30(再放送は当日夜と翌日月曜日昼)に大連テレビ第1チャンネルにて「桜の風」という日本語番組が2004年5月から放送されている。
- ラジオも大連・瀋陽・北京発のAM局(720KHz 中央・経済、882 大連・新聞、963 遼寧・新聞、1035 中央・中国之声、1152 大連・都市之声、1575 大連・音楽)、FM局(87.6MHz 遼寧・経済、90.5 遼寧・大連分台、90.6 遼寧・新聞、93.1 大連・都市之声、97.5 遼寧・交通、99.1 大連・財富、100.8 大連・新聞、103.3 大連・交通、104.3 大連・健康橋、105.7 大連・文化体育、106.7 大連・音楽、107.8 中央・音楽)を受けることができる。
- (大連人民広播電台(大連ラジオ)はインターネットで7チャンネルをストリーミング聴取可)
- 大連発行の雑誌・広告紙はないが、日本語広告誌が毎月ホテル・日本食レストランなどで、無料で入手できる。「Concierge大連」、「Whenever大連」、「Compass」、「ID」、「LOOK大連」、「ビブレ」、「SANPO大連」などである。
- 音楽、演劇など
- 大連には常設の楽団はないが、時々国内・国外の楽団、演奏家、声楽家の演奏会が中山広場に面した大連人民文化クラブで行われている。京劇のファンも多く、これは勝利路の大連京劇団麒麟舞台(もと東本願寺大連別院)でおこなわれる。
- 大連方言
- 大連では、ほぼ標準語が使われている。町角ではその大連方言が話される場合も多い。大連方言は中国語の東北方言の一種で、大連人の多くが20世紀初期に清朝・北洋艦隊のためにできた山東省煙台~旅順フェリーで渡ってきた農民・魚民出身だったので、適度の山東省方言の影響を受けているといわれる。大連方言の単語には日本語の影響(ワイシャツ、モチなど)、ロシア語の影響も残っている。[5]
- スポーツ
- 参加するスポーツとしては、バスケットボール、サッカー、卓球、水泳、チェンツ(羽子板遊びの羽を蹴鞠のようにして蹴る遊び)、陸上競技などが盛んで、大学生だけでなく社会人も会社対抗の競技会が時々ある。陸上競技場(サッカー場)は大連市内と金州区にあるが、市営の室内体育館はなく、大学の体育館を利用する。大連では特に水泳、サッカー、ウォーキングが盛ん。水泳は夏季に海岸や島で泳ぐだけでなく、市内に4つほどの温水プールがあり、特に寒い冬季のいい運動になっている。スケートは市内の児童公園の池(戦前の「鏡が池」)がスケート用に整備されていて、スキーは最近市内近くの林海スキー場、金州区の銘湖スキー場、普蘭店市の安波温泉スキー場ができて、徐々に浸透してきている。
- プロスポーツとしては、中国サッカーリーグの有名チーム「大連実徳」(大連海昌国際)が本拠地を置く。ホームスタジアムは、大連市金州体育場、大連市人民体育場。同チームは大連市のシンボル的な存在で、労働公園や友好広場にサッカーボールを模した巨大なモニュメントも設置されている。
- 主なイベント
- 大連市を挙げての年中行事は、花火大会(大連春節煙火晩会、旧暦1月2日・旧暦1月15日、星海広場)、大連国際マラソン大会(大連国際馬拉松大賽、4月、全日空協賛、星海広場をスタートして市内道路を通過して大連市人民体育場がゴール)、大連国際ウォーキング大会(大連国際徒歩大賽、5月、日本航空協賛、星海広場から濱海南路へ)、アカシア祭り(大連国際槐花節、5月、市内各地)、中国国際ソフトウェア・情報サービス交易会 CISIS(6月、大連世界博覧広場/会展中心二期)、大連国際ビール祭り(大連国際啤酒節、7月下旬~8月上旬、星海広場)、大連国際オートショー(8月、大連世界博覧広場周辺)、大連国際ファッション祭り(大連国際服装節、9月、市内中心部ホテル)などが行なわれている。
- 政府間交流、経済交流、民間交流
- 東北地区では瀋陽に、日本も、韓国も、米国も、総領事館を置いている。日本は大連に、在瀋陽日本総領事館大連(駐)事務所がある。経済関係ではJETRO大連事務所もあり、日中企業の経済活動をサポートしている。その他各県の出先機関がある。
- 民間では、大連日本商工会が組織されていて、700社余りの会員をかかえている。戦前大連に住んでいた方々の「大連会」も活発に活動している。現在の大連在住者間では、大連リラの会(女性の会)、大連山の会、大連留学生社団など、沢山の日中友好の会がある。
- 宗教
- 道教の寺廟は大連市街地区に目だったものはないが、旅順口区の塔河湾に龍王観が、金州区には市街の北に金龍観(@大魏家)が、大黒山の北西麓に響水観が、少し離れた金州区亮甲店鎮に真武廟(以前の金頂山廟で、日露戦争の日本人脱走兵が「満州人」として暮らした伝説があるところ[6])がある。仏教のお寺としては、市内の唐山街に唐代から続く松山寺があり、旅順北路の鞍子山の北麓に安山寺、大黒石に渤海を見下ろすように千手観音像、五百羅漢があり、金州区の大黒山麓に観音閣勝水寺、朝陽寺が、旅順口区の龍王塘に横山寺がある。
- キリスト教カトリック(中国語で、天主教)関係では、西安街に大連天主教教堂(1926年建設)がある。キリスト教プロテスタント(中国語で、基督教)では、中山広場近くの玉光街礼拝堂(戦前の大連聖公会教会で、日本聖公会が英国国教会と共同で1928年に英国領事館の敷地に建設)、長江路に大連市承恩堂(戦前はデンマーク・ルーテル教会、最近まで北京街礼拝堂;ここに中国基督協会・三自愛国運動委員会大連支部がある)、西南路に新しい朝鮮族礼拝堂(戦前は日本長老教会の分室)、最近建てられた4000人を収容できる大連豊収堂、金州区の金州礼拝堂、旅順口区の旅順礼拝堂(戦前はデンマーク・ルーテル教会)などがある。この他、地下の教会(家の教会)はプロテスタント教会に多い。外国人専用のプロテスタント礼拝は、毎日曜日に大連スイスホテル(瑞士酒店)で開かれている。イスラム教では、北京街に大連清真寺がある。
- 戦前に日本人が独自で建てた宗教建築物は壊されたか、他の用途に転用されている[7]。大連聖公会が唯一の例外で、これは日本聖公会が戦勝国(英国)との共同で建設したため。
交通
- 大連火車站(大連駅)
- 瀋陽、長春など旅客列車の起点である。南口にある駅舎は、日本の統治時代の1937年(昭和12年)に建てられたもので、上野駅と似ている。設計は南満州鉄道の太田宗太郎で、2階が出発、1階が到着と空港のようなつくりになっている。2000年代に設けられた北口には、開発区へ行く軽軌の駅と凱旋広場がある。
- なお、ハルビン・大連高速鉄道(哈大高速鉄路、別名:東北高鉄)の起工式が2007年8月23日、吉林省長春市で行われた。全長904キロメートル、23駅の路線はほぼ在来線に沿って建設され、完成は2013年初頭の予定である。平均時速は当初は200km/h(将来は350km/h)で、現在在来線で9~13時間懸かるこの区間を3時間で結ぶ予定。この路線の新大連駅は北郊外の南関嶺(ナングァンリン)に建設され、2010年末完成予定となっている。[8]
- もと大日本帝国海軍飛行場で、周水子にあるので大連周水子国際空港と呼ばれる。市街地の北西に位置し、大連中心部からは車で20分ほどの距離。中国人民解放軍軍用機も駐機、離着陸している。
- また新空港が金州区の三十里堡で2015年開港予定であったが、まだ建設は始まっていない。
- 大連港
- 日本統治時代からアジア有数の港で、不凍港である。4つの埠頭があり、このうちひとつをロシアが、3つを日本が建設した。満鉄の線路が残る。第二次大戦後の日本人大陸引揚者がこの港から舞鶴へ帰国した。隣に新港も作られ、また北郊外の大孤山半島に鉱石・石油を扱う新港も作られた。
- 市内路線バス
- 有軌電車(路面電車)
- 運賃は一律1元(ただし興工街~大連駅と大連駅~海之韻公園間を連続して乗車する場合は2元/明珠カード使用の場合は0.90元、前記の連続乗車は1.30元/学生カードは0.40元均一)。日本統治時代に建設された区間の多くは廃止になったが、2000年代に入り、設備の大規模な更新および郊外への路線延長が実施された。現在は201,202路の2系統がある。
- 201路 興工街 - 振工街 - 五一広場 - 大同街 - 北京街 - 市場街 - 東関街 - 大連火車站 - 勝利橋 - 民生街 - 民主広場 - 世紀街 - 三八広場 - 二七広場 - 寺児溝 - 春海街 - 華楽広場 - 海昌欣城 - 海之韻公園
- 202路 小平島前 - 河口 - 七賢嶺 - 中国華録 - 高新園区 - 七賢路 - 海事大学 - 弘基書香園 - 黒石礁 - 星海公園 - 医大二院 - 化物所 - 星海広場 - 会展中心 - 和平広場 - 功成街 - 解放広場 - 錦輝商城 - 興工街
- 無軌電車(トロリーバス)
- 101路、1系統のみ存在する。馬欄広場と大連火車站を結び主に黄河路を通る。運賃は一律1元(ICカードは0.90元/学生カード0.40元均一)。
- 馬欄広場 - 蘭玉街 - 遼師大学 - 大連交通大学 - 盖州街 - 科技谷 - 聯合路 - 長生街 - 市政府 - 同慶街 - 大連火車站
- 軽軌(快軌、通勤電車)
- 大連駅北口から開発区を通り、金石灘までの48.58kmを52分で結ぶ「3号線」が開通している。運賃は行き先により1~8元で変動する。
- 大連軽軌站(大連駅北口の専用駅) - 香炉礁 - 金家街 - 泉水 - 後塩 - 大連湾 - 金馬路 - 開発区 - 保税区 - 双D港 - 金石灘
- また開発区経由で金州区へ向かう三号線の分線は2008年7月8日より試験運転が開始され、3ヶ月のテストを経て、10月頃に正式営業運転を開始する予定。
- なお、こちらは営業距離は開発区から金州の九里までの14.288kmとなる。
- 開発区 - 十里崗 - 鴻瑋瀾山(磖河路) - 東山路 - 匯金市場 - 十九局 - 九里
- タクシー
- 2006年5月25日から初乗り3kmまでが8元、以降200m毎に0.4元ずつ加算、停車中は5分毎に1km分加算、22時から翌朝5時までは3割増というルールを定めている。慣習では1角(0.1元)単位は四捨五入で精算している。例えばメーターが示す「9.60元」「10.00元」「10.40元」。全て運転手に支払うのは10元で問題ない。[9]また、中国の一部他都市で見られる10km/h以下の低速運転時の待機追加料金は取っていない。[10]
- 長距離バス
- 中距離バス
- 金州、開発区行きの中距離バスは大連駅前南側、北側の建設街バスターミナル、長江路沿いの北崗橋バスターミナルから、旅順行きの中距離バスは、大連駅前南側、北側の建設街バスターミナル、黒石礁のバスターミナルから出ている。
- 高速道路網
- 瀋大(瀋陽・大連)高速道路
-
- 丹大(丹東・大連)高速道路
- 大連地下鉄1、2号線、軽軌4号の計画
- 大連地下鉄1号線、2号線、軽軌4号線を2015年までに完成する計画が、2007年から正式に開始されている。1号線1期工事の計画に対する意見聴取が2008年5月から始まっていて、路線は会展中心(ここから将来旅順南路方面へ)~功成街~西安路~興工街~沙河口火車站~香工街~春光街~促進路~東緯路~松江路~千山路~中華広場~泉水路~華北路~南関嶺~姚家(ここから将来旅順北路方面へ)/後塩(ここから大連開発区方面への軽軌3号へ接続)が発表されている。東緯路に地下鉄センターが作られて、南関嶺は2011年以降にハルビン・大連高速鉄道の駅になる場所である。
観光地
市内4区
- 中山広場、友好広場
- 大連を代表するロータリー(広場)。中山広場を囲んで旧大連ヤマトホテル(大連賓館)、旧大連市役所(中国工商銀行)、旧横浜正金銀行(中国銀行)、旧大連民政署(遼寧省対外貿易経済合作庁)など日本統治下で建てられた建築物が8棟残されている。これらは「大連中山広場近代建築群」として全国重点文物保護単位(国家級の文化遺産)に登録されている。中山広場の西隣りにある友好広場は日本統治時代は西広場と呼ばれた。現在は2つの老舗の映画館があり、にぎわっている。この外にも市内にはたくさんのロータリー式交差点があるが、これはもともとロシアがパリなどを模してロータリーと放射状の街路を持つ都市として設計し、戦後も市政府がロータリーを多く作ったからである。
- 勝利広場、青泥窪橋
- 大連駅南側の一帯で一大ショッピングゾーンとなっている。勝利広場は2つの円形ビルの間にあるローマ式広場で、台湾と大連市の合資でつくられた。巨大な地下街が形成されている。その南側、中山路のバス停あたりを青泥窪橋と呼び、百貨店街が続く。香港合資で建てられた「百年商城」は高級店である。また、戦前の大連三越百貨店は秋林女店(大商女性専門店)になっている。平日でも買い物客でにぎわい、週末にはファッションショーやバンド演奏なども行われる。
- 西安路(ショッピングスポット)
- 天津街(ショッピングスポット)
- 人民広場
- 大連市街の西部にある。広さは12.5万平方メートルで、緑鮮やかな芝生は4万平方メートルにも及ぶ。北側の正面には市人民政府(もと関東州庁)、東には公安局が、西には法務院・検察院(もと大連裁判所)が配置され、行政の中心部になっている。南側には噴水が備え付けられ、毎日12、19、20、21時に30分間運用される。第二次大戦後、スターリン広場と呼ばれ、東北地区の解放を助けたロシア兵士の銅像があったが、1990年代に改名、銅像は取り壊されている。
- 労働公園
- ロシア人が1898年に開設、当時は「西公園」と呼ばれた。その後の日本統治時代にゴルフ場、相撲場、プール、乗馬倶楽部がつくられ、「中央公園」に。現在は、大連市中心部で最大の公園となり、面積は102万平方メートル。一各種植物が植栽されているほか、ゴルフ場、テニス場、隣接してスケート場もあり、体育と娯楽施設もある。さらに小動物園、遊園地もある。
- 大連テレビ塔
- 労働公園の南側の小高い山の上に立つ。上層部には展望台が設けられ、大連市街を一望できる。
- 旧ロシア人街、旧日本人街
- 最近、勝利橋(旧日本橋)の北のもともとロシア統治時代の政府期間があるところにロシア人街が、中山広場の少し南東の南山と呼ばれるところに日本人街が復元されたが、評判はいまいちで、訪れる観光客は少ない
- 棒棰島(バンチュイダオ)
- 「棒棰」とは洗濯用のたたき棒の意味で、島の形が似ている。もともと北京の中央委員7名のための別荘として建てられた[要出典]が、現在は海水浴場、ゴルフ場として市民に親しく利用されている。
- 老虎灘(ラオフータン)景区、傅家荘(フージャージュワン)公園
- 大連の南海岸にある老虎灘と傅家荘は、日本占領時代から市内に近い、人気の海岸公園であった。老虎灘はさまざまな遊興施設ができて、最近できた「大連極地館」は白熊などの動物や、人気のイルカ・アシカのショーを見ることができる
- 濱海路、金沙灘・銀沙灘海水浴場、大連森林動物園、野生動物放養園(サファリ)
- 濱海路(ビンハイルー)は大連市内の南と東の岩海岸を通る道路で、星海広場から、金沙灘・銀沙灘海水浴場を通り、大連森林・野生動物園の近くも通り、傅家荘、老虎灘、棒棰島を経て、海之韵広場(もと東海公園)にまで達する25キロメートルのドライブコース。春の大連国際ウォーキング大会のコースでもある。
- 総面積は110万平方メートル。星海湾を埋め立て、一時ゴミ捨て場になっていたところに大連市の100年記念として建設された。1997年6月30日開場。中央にはシンボル塔「漢白玉華表」がたっている。中央の散策路沿いには噴水が続く。遊園地もある。広場内には馬車が走る。広場中央から500メートルのところにイベント会場として会議・展示センター(会展中心)があり、最近は広場の西側に大連世界博覧広場とレストラン街も建設された。
- 星海公園、黒石礁海岸、大連自然博物館
- 星海広場のさらに西に星海公園があり、日本時代は「星ヶ浦」と呼ばれ、いまも格好の海水浴場である。さらに西の黒石礁は岩海岸で、岩遊びには最適で。ここに大連自然博物館があり、クジラの骨格、最近は旅順博物館から借りたミイラなどの展示がある。
- 夏家河子海水浴場、大黒石海水浴場
- 旅順北路の少し北に、渤海に面した遠浅の夏家河子海水浴場があり、さらに西には大黒石海水浴場があり、近くに千手観音像、五百羅漢もある。
- 金龍寺森林公園
- 旅順北路の営城子を過ぎたあたりから内陸に入ったところに、唐代から続く金龍寺があったが、戦後破壊されて、その境内がいま森林公園として開放されている。
- 宗教的建物:竜王観、松山寺、大連カトリック教堂、玉光街礼拝堂、清真寺など
金州区・開発区(北郊外)
- 金州副都統衛
- 大連港ができるまで金州がこのあたりの中心で、ここに都からの役人が派遣されて、その官舎を最近復元したもの。日清戦争の末期に従軍記者として大連へきた正岡子規が詠んだ俳句「行く春の酒を たまはる陣屋哉」の句碑は、この敷地の北西隅にある。
- 金州博物館
- 金州の町の中心地、関向応の銅像がある向応広場に面していて、もとの金州民務会所(町役場)を戦後に改修したもの。金州は以前城壁に囲まれた町で、その様子が復元されていたり、日清戦争・日露戦争の戦闘場所の解説図などがある。
- 南山
- 大黒山、勝水寺観音閣、観水響、朝陽寺
- 金州の町からは東に、開発区の金馬路からは北に見える大黒山(海抜663m)は遼東半島南部の最高峰で、戦前はお和尚山と呼ばれ、日清戦争・日露戦争の時の部隊移動のよい目印になったといわれ、現在は大連人のハイキングの好対象。頂上付近には石皷寺(唐朝の太宗、李世民の像などを収容)があり、気象台(見晴台)もできた。北西山麓には、唐時代からある勝水寺観音閣があり、旧暦3月16日が廟会(縁日)で大連大学からの参道に出店と人出が多く、また旧暦4月8日(お釈迦様の誕生日)には信徒がそろいの衣服で読経などに参列する。東山麓には水がいつも絶えない瑶琴洞がある観水響と、この近くに朝陽古刹(朝陽寺)がある。
- 金馬路、五彩城、開発区展示場
- 開発区の中心街が金馬路で、重要なホテル、銀行、通信会社、大型スーパーなどのショッピングセンターがある。軽軌(郊外電車)の開発区駅と金馬路の間は、レストラン・カラオケ店・コーヒーショップなどが並ぶ「五彩城」。金馬路の東にある公安の広場に面して「開発区展示場」があり、諏訪大連会の精密機械諸会社の展示などが見られる。
- 砲台山公園、東山風景区
- 開発区の代表的なハイキング場で、それぞれ町の北、東南にある。砲台山公園には大砲の展示があり、5月末にはニセアカシアの花が咲く。東山風景区には頂上付近に宇宙船のような建物がある。
- 凱倫国際温泉クラブ
- 開発区の海岸寄りにある温泉で、露天風呂もある。
- 金石灘リゾート地区、国際ゴルフ場、発現王国
- 開発区のさらに東の、軽軌(郊外電車)の終点が金石灘で、美しい海岸をもつリゾート地区。海水浴場、結婚式場、蝋人形館、武道館などがあり、2006年に大型テーマパーク「发现王国(発見王国)」もできた。「金石灘国際ゴルフ場」(Golden Pebble Beach International Golf Course)もある。2008年7月19日には北京五輪の聖火リレーが発見王国から中華武館までの間で行われる。
旅順口区(西郊外)
- 龍王塘公園、水上人間、横山寺
- 大連市街区から旅順ダウンタウンへ行く旅順南路の中間点にある龍王塘は、戦前の「旅大八景」(星ヶ浦=現在の星海公園、黒石礁、凌水寺、小平島、蔡大嶺、龍王塘、玉ノ浦=現在の塔河湾、白銀山)の一つ。日本時代に建設されたダムがあり、ダムサイトの下の公園で毎年4月20日ごろ桜が咲き、花見客が集まる。近くに温水プール「水上人間」がある。龍王塘から北の山に入った所に、水上人間の経営者が最近建てた「北方の普陀山」横山寺がある。
- 塔河湾海水浴場
- 旅順南路で龍王塘を過ぎて、水師営へ行く郭水公路が右へ分かれるあたりに、最近開発された塔河湾(ターフーワン)海水浴場があり、向かいには道教の廟、近くにゴルフ場もできている
- 203高地、水師営の会見所
- 日露戦争(1904~05)の激戦地、旅順港争奪戦の停戦条約が結ばれたところ。司馬遼太郎著の「坂の上の雲」に詳しく書かれている。両地とも、外国人観光客もほぼ自由に訪れている。水師営は村の名前で、清・北洋艦隊(別名、北洋水師)の隊員の陸上営倉地の意味。
- 白玉山、旅順博物館、東鶏冠山、日露監獄、黄金山風景区
- 白玉山は旅順軍港を眼下に見下ろす高台で、白玉塔(日露戦争勝利記念塔)がある。旅順博物館には、戦前東本願寺の大谷光瑞が資金を出して組織した探検隊が西域で集めた収集品(5体のミイラなど)などがあり、戦後できた新館は美術品を収容する。東鶏冠山は日露戦争時の塹壕がそもまま残るところで、旅順港攻略戦の模型図もあり、反帝国主義教育に利用されている。日露監獄はロシア時代・日本時代の監獄で、ここも反帝国主義教育に利用されていて、伊藤博文をハルビン駅前で暗殺した安重根が死刑前に収容された部屋もあり、また日露戦争の初期の戦闘で四国連隊が中心の部隊が勝利して名付けた「剣山」(現在、旅順中路の黄石山)などの日本占領時代の石碑の収納倉庫などもある。黄金山風景区には黄金山と、そこで旅順高校の寮歌「北帰行」が作曲されたという伝説のある黄金山海水浴場がある。
- 世界和平公園
- 旅順の市街中央部から新区を経て、鉄山からさらに西へ行き、渤海に突き当たった所に、海岸公園が最近作られた
- 百年灯塔公園、黄海・渤海分界線
- 百年灯塔公園には、19世紀末に建てられた灯台があり、岩海岸に「遼東半島最南端」の石碑もあり、左は黄色の黄海で右は青色の渤海で、あきらかに海の色が違い、風があればが色が入り混じる「黄海・渤海分界線」と呼ばれる現象を見ることができる。
- 老鉄山温泉
- 遼東半島の南端近くにある最近できた温泉で、露天風呂もある
普蘭店市、瓦房店市、庄河市(北方3市)
- 安波温泉、スキー場、老帽山、龍門温泉、清泉寺
- 普蘭店市の代表的な観光地
- 仙峪湾リゾート地区、長興島ゴルフコース
- 瓦房店市の代表的な観光地
- 冰峪溝(ピンユーコウ)、歩雲山温泉
- 庄河市の代表的な観光地
友好都市
イギリス スコットランド、グラスゴー
アメリカ合衆国 ヒューストン
フランス ルアーブル
大韓民国 仁川
日本 京都府舞鶴市
アメリカ合衆国 オークランド
ロシア ウラジオストク
オーストラリア アデレード
日本 福岡県北九州市
ドイツ ブレーメン
ドイツ ロストック
カナダ ヴァンクーバー
マケドニア共和国 オフリド
出身有名人
- 大来佐武郎(エコノミスト、外務大臣)
- 藤原行正(政治家)
- 向坊隆(東大総長)
- 渡辺京二(評論家、思想史家)
- 遠藤周作(作家)
- 清岡卓行(作家、詩人)
- 千田夏光(作家)
- 山田洋次(映画監督)
- 及川正通(イラストレーター)
- 楊昊
- 永原慶二(歴史学者)
- 森谷絜(北海道大学名誉教授)
その他
脚注
- ^ 出典(中国語)
- ^ 出典
- ^ しばらく前に、大連市内の大連交通大学と大連交通大学の軟件学院が、それぞれ大連開発区の大黒山西側と旅順口区の渤海沿岸に設立され、さらに2007年には、白銀山トンネルの東側の旅順南路沿いに、北に大連外国語学院(外国人用の漢学院、社会人教育部を除く)、南に大連医科大学(付属病院を除く)が引っ越して、今後大連市街区の大学を徐々に郊外へ移さざるを得ない状況になってきている。
- ^ 戦前大連にあった弥生台小学校は大連市実験小学に、大連第一中学は現在大連理工大学の培訓部(社会人教育部)に、大連化工学院は大連理工大学化工学院に、満鉄試験所は化物所の別院になっている。旅順にあった旅順高校は中国人民解放軍 海軍司令部に、旅順工科大学は海軍病院になっている。
- ^ 出典
- ^ [1]
- ^ 大連神社の跡地に大連外国語学院、聖徳神社の跡地に中山公園の華宮がある。また東本願寺大連別院、日本長老派教会は本来の意味とは異なる使い方をされている。
- ^ 出典
- ^ 出典(中国語)、「付费方式基本都是四舍五入(支払い方式は基本すべて四捨五入である)」
- ^ 出典(中国語)、「大连的出租车在低速行驶时是不收等候费的(大連のタクシーは低速運転の時、待機料金を徴収していない)」
- ^ ENVIROASIA 2006年6月29日
- ^ 国家級自然保護区リスト
- ^ The Ramsar List(PDF)
参考文献
西澤泰彦 『図説 大連都市物語』 東京・河出書房新社 1999年 ISBN 4-309-72616-X
外部リンク
- 大連市人民政府公式サイト(中国語、英語、日本語、韓国語)
- イエス! 大連(ユーザー参加型 大連コミュニティサイト/日本語)
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