三遊亭ぽん太
三遊亭 ぽん太(さんゆうてい ぽんた)は、落語家の名。過去2人ほどこの名を名乗った落語家が確認されている。
- 江戸後期から明治初期にかけて活躍した最も著名なぽん太。本名、加藤勝五郎。本項にて詳述。
- 4代目三遊亭圓生門下で、さん生からぽん太に改名した事以外の詳細は不明。『浅草繁昌記』に、本名岡崎義繁でぽん太の名が出ているが、これと同一人物の可能性がある。
三遊亭 ぽん太(さんゆうてい ぽんた、 1831年 - 1881年6月6日)は落語家。初代三遊亭圓朝門下。本名、加藤勝五郎。
元は出入りの床屋見習いで、圓朝の下に入門する以前からぽん太と呼ばれていた。
長州藩大村益次郎が率いる新政府軍と彰義隊が争った上野戦争に巻き込まれた際は、ぽん太が圓朝の自宅に駆けつけ弟子たちの無事を知らせたという。
全生庵に建っている圓朝の墓のすぐそばに、ぽん太の墓がある。ぽん太という名前から、圓朝が飼っていたペットの墓だと勘違いする人もいる。