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ドイツ銀行

ドイツ銀行ツインタワー
(フランクフルト)

ドイツ銀行:Deutsche Bank)は、ドイツの銀行。

コメルツ銀行ドレスナー銀行と共に「ドイツ三大銀行」と呼ばれる。ドイツ銀行グループの中核企業で約6万5000人の従業員をもつ世界有数の金融機関である。

株式をニューヨーク証券取引所ティッカーシンボル:DB)、フランクフルト証券取引所に上場しており、ドイツ株価指数(DAX)の採用銘柄でもある。

目次

歴史

1870年1月22日、統一ドイツの資本の海外進出を促進するため、外国貿易に特化した銀行としてベルリンで創業した。創業者は銀行家アデルベルト・デルブリュック(Adelbert Delbruck)と政治家ルートヴィヒ・バムベルガー(Ludwig Bamberger)で、重役には銀行家ヘルマン・ヴァリッヒらのほか、ドイツ銀行設立を指導したゲオルグ・フォン・ジーメンスが就いた。創業2年後の1872年(明治5年)に東アジア取引の増大を目指して初の海外支店を日本の横浜と清の上海に開設し、翌年にロンドン支店も開設した。しかし東アジア取引は思ったほどうまくゆかず経営を圧迫し、横浜支店も上海支店も3年で閉鎖し、以後は国内の産業に投資するユニバーサルバンクへの道を選んだ[1]

1876年にベルリナー・バンク=フェアアインとドイチュ・ウニオン=バンクを合併し、銀行最大手のディスコント・ゲゼルシャフト(Disconto-Gesellschaft)を凌いでドイツ最大の銀行へと躍り出た。またアメリカ合衆国のノーザン・パシフィック鉄道(1883年)、オスマン帝国バグダード鉄道(1888年)などに出資し、鉄鋼・兵器コンツェルンのクルップへの融資や化学大手のバイエル社のベルリン株式市場への上場などを手がけ多くの企業を傘下に置いた。

20世紀前半、ドイツ銀行は国内の地方銀行を吸収合併して巨大化しドイツ経済界における支配的地位を確立した。1929年には、かつての銀行最大手であったディスコント・ゲゼルシャフトも合併した。アドルフ・ヒトラーナチ党1933年に政権を握るとドイツ銀行は取締役会からユダヤ系人3人を追放し、ユダヤ系資本の押収による経済の「アーリア化」に関与した。社史によれば1938年11月までに363件の事業押収に協力した[2]。また第二次世界大戦が始まると、東ヨーロッパなど占領地域の銀行を併合し大きくなった。この時期、ドイツ銀行は政府や党に多く融資しており、中にはゲシュタポへの銀行施設提供、アウシュヴィッツ強制収容所や隣接するイーゲー・ファルベン社施設への融資なども行った[3]1999年にはドイツ銀行はこの関与を認め、同年暮れには他のドイツの大手企業とともに52億ドルの補償基金をホロコースト生存者のために供出した[4]

第二次世界大戦のドイツ敗戦に伴い、占領軍司令部から10分割命令を受けたドイツ銀行は1948年4月1日に分離解体された。その後、1952年には10の銀行は3つに統合し、1957年にはこれらの銀行も合併統合し、フランクフルトを本店として「ドイツ銀行」が復活した。

ドイツ銀行は国外での合併も活発に行っている。1989年にはロンドンの投資銀行モルガン・グレンフェル銀行(Morgan Grenfell)を、1998年にアメリカ8位のバンカース・トラストを、1999年にはブリュッセルのクレディ・リヨネ・ベルギーを買収。日本の三井グループ中核企業のさくら銀行(現、三井住友銀行)に対して買収検討を行なった事もあった。

1995年からは商業銀行から投資銀行への転換を開始し、2005年までに収入の75%が投資銀行部門から出すようになり、同時期自己資本利益率(ROE)は4%から25%へと伸びた。

企業メセナなど、芸術支援や社会奉仕活動にも熱心である。1979年以来現代美術作品を継続的に多数購入しており、所有するだけでなく各オフィス内に一流の作品を置き、社員とアートのつながりも作り出そうとしている。そのコレクションは5万点以上に上る。

名称

なお、「ドイチェ」の方が表音として正しいが、「日本でドイチェだと、なかなかドイツの銀行と認識して貰えない」との事から日本法人の正式名称は「ドイツ銀行」で行なっている。なお、傘下企業の証券部門はドイチェ証券にしていたが、2000年にドイツ証券に変更した。ただし、資産運用部門は「ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社」とドイチェのままである。なお、グループ内の従業員自らは、ドイツではなくドイチェと呼ぶ場合が多い。

日本におけるドイツ銀行

今日の日本における事業展開はドイツ銀行グループとしてドイツ銀行・ドイツ証券・ドイチェアセットマネジメントの3社体制で行っている。いずれも東京都千代田区の山王パークタワーにドイツ銀行グループとして入居している。

同銀行はUBSとならぶ欧州を代表するユニバーサルバンクであり投資銀行である。マーケットサイドの業務に比較的強く調査業務や債券等業務において一定以上のプレゼンスを日本国内でも持っている。一方、投資銀行部門(日本においてはドイツ証券株式会社が同業務を行っている)は現状、日本国内でのプレゼンスは他の投資銀行よりも比較的低い。しかしながら、2006年ソフトバンクによるボーダフォン日本法人(現ソフトバングモバイル)買収においてみずほコーポレート銀行ゴールドマン・サックス証券とともに日本最大となった買収資金の調達に関しソフトバンク側アドバイザリーとして共同主幹事を務めた。

関連項目

脚注

  1. ^ 19世紀末のドイツ銀行業と東アジア
  2. ^ http://www.deutsche-bank.de/geschichte/en/html/index_c.htm
  3. ^ http://www.iht.com/articles/1999/02/05/berlin.t.php
  4. ^ http://treasurer.ca.gov/holocaust/germanbank.htm

外部リンク

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