ジョン・モルガン
ジョン・ピアポント・モルガン |
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| 生年: | 1837年4月17日 コネチカット州ハートフォード |
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| 没年: | 1913年3月31日 イタリア・ローマ(75歳) |
| 職業: | 投資家 銀行家 |
| 配偶者: | フランシス・ルイーズ・トレイシー |
ジョン・ピアポント・モルガン(John Pierpont Morgan, 1837年4月17日 - 1913年3月31日)は、アメリカの5大財閥の1つモルガン財閥の創始者。投資家、銀行家、社会奉仕家でありそして金融業と産業界を合併し支配する傍ら芸術品収集に励んだコレクターでもあった。20世紀初頭、モルガンが絶頂期の頃、彼とビジネスパートナー達は多くの大企業に財政投資を行なった。1901年までに、彼は世界で最も裕福な人物の1人になっていた。
略歴
大学を出て父の始めたモルガン商会を受け継ぎ、着々事業を発展させて、19世紀末には世界最大の銀行家となった。さらに多くの鉄道を経営し、USスチールをつくって製鉄業にも進出し、ついに金融界と産業界を支配するアメリカ最大の財閥の1つとなった。
1892年、モルガンは後のジェネラルエレクトリックを作るためにエジソン・ジェネラルエレクトリック社とトンプソン・ヒューストンエレクトリック社の合併を実現させた。また、フェデラル・スティール社創立に融資したのち、1901年にユナイテッド・スティール社を設立する為、カーネギースティール社及びその他数社の製鉄企業を合併させた。
生来、鼻が奇形で、肖像写真では、鼻を修正したものしか使用を認めなかった。 モルガンは収集した膨大な数にのぼる芸術品の多くをニューヨークにあるメトロポリタン美術館そしてコネチカットのウォズワース文芸協会に残した。
1913年、イタリアのローマにて75歳で死去。彼の富と事業は息子のジャック・ピアポント・モルガンへ受け継がれた。
関連項目
- ジョージ・ピーボディ
- ジニーアス・モルガン
- ジャック・モルガン
- ジェシー・リバモア